2009年06月29日

競艇・グランドチャンピオン決定戦は今垣光太郎が制す!

競艇の話です。
昨日、戸田競艇場で、競艇SGグランドチャンピオン決定戦の優勝戦が行われました。

優勝戦のメンバーは以下の通り。

1号艇 服部 幸男
2号艇 寺田 祥
3号艇 松井 繁
4号艇 今垣 光太郎
5号艇 平石 和男
6号艇 菊地 孝平

服部幸男選手の久しぶりのSG制覇なるか?
この話題で注目を集めた一戦でした。

戸田競艇場は競艇場の中で一番インが弱い競艇場です。
なので、非常に楽しみな優勝戦となりました。

優勝戦ですので、みな好モーター。
なので、いくらインが弱いとはいえ、圧倒的に有利なのは間違いありません。

そんな中、レーススタート!
わずかに1コースの服部幸男選手と4コースのカド位置、今垣光太郎選手が出るものの、
スタートはほぼ同体。

こうなれば、インの服部幸男選手の逃げ切り・・・

と思ったのもつかの間、今垣光太郎選手がぐいぐい伸びていきます。
そして内側の3艇をきれいに捲くりきって快勝。

今垣光太郎選手のグラチャン優勝は02年宮島以来2度目で、
通算SG優勝は7回になりました。
なお、戸田競艇場での優勝は初めて。

見事なレースでした。
今垣光太郎選手、おめでとうございます。
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posted by おでぶ at 13:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競艇

2009年06月23日

アグネスタキオン急死

名馬アグネスタキオンが急死しました。
競馬好きの私にとって、かなりショッキングなニュースです。

アグネスタキオンは、01年に無敗で皐月賞を制し、種牡馬としても
ディープスカイ、ダイワスカーレットなど多数の活躍馬を送り出しています。

サンデーサイレンス産駒のアグネスタキオンは現役時代、河内洋元騎手とのコンビで活躍。
デビューから無敗のまま皐月賞を制しましたが、その後屈腱炎を発症。
わずか4戦で引退しました。

当時、アグネスタキオンの圧倒的な強さに、3冠確実とも言われていただけに、
引退は非常に残念でした。

しかし、種牡馬となったその後は、現役時以上の成功を収めます。
初年度産駒のロジックがNHKマイルC(06年)を制覇。
その後G1・4勝馬のダイワスカーレット、08年のダービー馬で、
今週の宝塚記念で最有力のディープスカイを送り出しました。

08年はほかにキャプテントゥーレが皐月賞、
リトルアマポーラがエリザベス女王杯を勝ち、
産駒の年間総収得賞金が中央・地方合わせて34億7338万8500円を記録。
95年から13年連続でリーディングサイヤーに君臨してきた父
サンデーサイレンスに代わり、トップの座に就いた矢先の出来事でした。

これからの競馬界を担っていく種牡馬であっただけに、非常に残念です。


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posted by おでぶ at 12:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬

2009年06月15日

プロレスラーの三沢光晴選手、急死

プロレスラーの三沢光晴選手が急死しました。

13日午後8時半すぎ、広島市中区の広島県立総合体育館で、
プロレスラー三沢光晴選手(46)が試合中に頭を強打。
病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。

驚きました。
私はプロレスには全く詳しくないのですが、
三沢光晴選手くらいはさすがに知っていました。

そんな素人の私でも知っているようなプロレス界の大スターが
亡くなってしまうなんて・・・。
しかも、試合中に。

バックドロップをかけられ頭を強打したそうですが、
バックドロップといえば、かなりメジャーな技。
そんなメジャーな技が死に直結するなんて・・・。
改めて格闘技の怖さを知りました。

三沢光晴選手は埼玉県越谷市出身。
1981年にデビューし、2代目タイガーマスクとして活躍。
90年代に全日本プロレスの中心選手となり、その後、ノアを立ち上げました。

三沢光晴選手のご冥福をお祈りします。
タグ:三沢光晴
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posted by おでぶ at 17:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他スポーツ
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